ミラノ五輪フィギュアスケートペアで金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来選手と木原龍一選手。
その快挙の陰には、13年間も木原選手を支え続けた一人の経営者の存在がありました。
木下グループ代表取締役社長の木下直哉さんが、金メダル獲得を記念して2人にそれぞれ2000万円の報奨金を贈呈すると発表したんです!
「人気がない競技にこそ支援が必要」と語る木下社長は、一体どんな人物なのでしょうか?今回は、りくりゅうを陰で支えた木下直哉社長の素顔と驚きの支援内容に迫ります!
りくりゅうを支えた木下直哉社長はどんな人物?

木下 直哉(きのした なおや)社長は、1965年11月16日生まれの60歳で、福岡県苅田町出身の実業家です。
福岡県立苅田工業高等学校を卒業後、建築業界でキャリアをスタートさせました。
現在は木下グループの代表取締役社長兼グループCEOとして、建築、介護、教育、映画、スポーツ支援など多角的な事業を展開しています。
さらに、映画製作・配給会社「キノフィルムズ」の取締役や、芸能事務所「スペースクラフト」の取締役など、複数の企業で重要な役職を務めているんです。
木下社長の人柄を語る上で欠かせないのが、高校時代に応援団に所属していた経験です。
この時に「感動を生むスポーツの力」に魅せられたことが、後のスポーツ支援活動の原点となりました。
また、映画好きが高じて2006年に映画「I am 日本人」に初出資し、以降は文化支援にも積極的に取り組んでいます。
「実業家」「映画人」「スポーツ支援者」という多面的な顔を持つ、非常にユニークな経営者なんです。
りくりゅうと木下社長の13年間の絆!

木下直哉社長と木原龍一選手の関係は、なんと13年前から始まっています。
木原選手がまだ男子シングルで活動していた頃から、木下社長は継続的にサポートしてきました。
木原選手がペアに転向した後も、木下社長の支援は変わることなく続きました。
三浦璃来選手とペアを組んで「りくりゅう」として活動を始めてからも、木下グループは2人を全面的にバックアップしてきたんです。
木下社長は「人気がない競技にこそ支援が必要」という信念を持っています。
フィギュアスケートのペア競技は、シングルに比べて注目度が低く、スポンサーを見つけるのが難しい現状があります。
そんな中でも木下社長は、選手たちが競技に専念できる環境を整えることに尽力してきました。
木下グループは、木下アカデミーや木下MAOアカデミーを設立し、次世代のフィギュアスケーターの育成にも力を入れています。
ミラノ五輪では、木下社長自ら現地に駆けつけ、りくりゅうの歴史的瞬間を見届けました。
金メダル獲得後、木下社長は涙ながらに「ただただ、ありがとう」と語ったというエピソードが残っています。
りくりゅうが贈られた報奨金4000万円の意味とは?

りくりゅうがミラノ五輪で金メダルを獲得したことを受けて、木下直哉社長は報奨金として2人に合計4000万円を贈呈する方針を発表しました。
一人あたり2000万円という金額は、選手への感謝と敬意を表す大きな支援です。
この報奨金には13年間という長い期間、木原選手を支え続けてきた木下社長の思いが込められているんです。
フィギュアスケートは、練習環境の維持や海外遠征など、多額の費用がかかる競技です。
特にペア競技は、2人分の費用がかかるため、経済的な負担が大きくなります。
木下社長の支援があったからこそ、りくりゅうは金銭的な心配をせずに競技に集中できたと言えるでしょう。
この4000万円という金額は、13年間の支援の集大成とも言える特別なものなんです。
木下グループは、建築、介護、教育、映画など多角的な事業を展開する総合企業です。
その経営資源を活かして、スポーツ界への貢献を続けている姿勢は、多くの人に感動を与えています。
まとめ
りくりゅうの金メダル獲得を陰で支えた木下直哉社長は、福岡県出身の60歳の実業家です。
木下グループの代表として多角的な事業を展開しながら、映画やスポーツの支援にも情熱を注いでいます。
木原龍一選手を13年前から支援し続け、ペア転向後も変わらぬサポートを続けてきた木下社長。
「人気がない競技にこそ支援が必要」という信念のもと、りくりゅうが競技に専念できる環境を整えてきました。
金メダル獲得を記念した報奨金4000万円は、13年間の支援の集大成とも言える贈り物です。
木下社長の涙ながらの「ただただ、ありがとう」という言葉には、選手たちへの深い愛情と敬意が込められています。
りくりゅうの快挙は、木下直哉社長という素晴らしい支援者がいたからこそ実現したものなんですね。
ご覧いただき、ありがとうございました!
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